この東洋陶磁美術館に足を運ぶのは、2度目。
初めてのときは、朝鮮?古美術展だったが、けっこう、ちんぷんかんぷんだった。

音声品牌維護管理ガイド器を借りる。500円也。
ナレーターは、樋口可南子。
あまり、役に立たなかった。
おそらく、事前に予習していったからだ。
それと、ガイドを聞きながら、観ながら、さらに、説明書を読みながら、を同時にやったので
アタマと目と耳が、てしまったようだ。
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女性客が多い。
平日の日中ということもあってだろう。
若いカップルも、ちらほら。
若くないカップルも。

ピンク、深く澄んだブルー、グリdermes 激光脫毛ーン、ゴールド、濃い茶、オフホワイト、うすいブルー
シンプルなフォルム、溶岩釉の奇跡、???
芸術は、いつの時代にもモダン。

とりわけ、ピンクが気に入ったのだが、その器の前で、じっと動かない若い女性がいて
わたしは、ぜんぜん、観られなかった。
しかたなく、それは飛ばして、ほかの作品を観ていたが、ある程度、時間が経過して
その女性が立ち去ったあと、引き返して、やっと観ることができた。

女性は、老いも若きも、ピンクが好きなのかな。

今、店頭や食器棚に並んでいる、ふつうに、毎日、目にしている食器。
これは、伝統を切り拓き、新たな作風を生み出す先駆者がいて、
それが認められ、浸透し、流行し、
さらに模倣され、大量生産され、定着しているのだろう。

ルーシーは、ウィーンの裕福なユダヤ人家庭に育ったが、
忍び寄る戦争のため、ロンドンに亡命した。
この、情報収集力、人脈、財力、早い判断が、命を救ったともいえる。
国に留まった、多くの才能ある人々が、ナチスに捕えられ、命を落としたことだろう。

戦争の頃は、生活のため、陶器のボタン作りに精を出し、
来る日も来る日もキャベツだけ、という苦しい生活を送っていた、
そう、当時を振り返るルーシー。

(うちも、いま、来る日も来る日も、キャベツ、キャベツ、キャベツ。
娘Rは、「ルーシーは、『第二次世界大戦』で。うちは、『キャベ補習 數學ツ戦争』だ」という)
はい、ハナシが脱線しました。