へ~、と、わたしは、とても意外なような、
それでいて、そうだろうなあ???と、へんに納得するような、
こんな日が来るだろうと想像していたような、複雑な気持ちになった。


虚栄心を満たそうとすると、無理が生じ、いずれ破綻を品牌維護管理きたす。
自然な、あるがままの姿でいいのに、それより良く見せようとするのは、虚栄心の表れだ。
虚栄心は、向上心とは、違う。
向上心は、自分が上がって行こうとして努力すること。
努力内容も見直し、方法を試行錯誤する。
虚栄心は、いつまでたっても努力が追いつかず、現実に不満があり、努力を放棄した末の境地。
実際の自分、現状に客観的に向き合わない、奢りがある。謙虚な姿勢の反対。

向かおうとするのは、現実より上であるが、努力をする方向性が間違っている。
あるいは、努力の内容が、ずれている。
うまくいかないなら、原因を探求し避孕方法 、原因をひとつひとつ修正し、消していく努力をすべき。

虚飾の世界にあこがれているだろう。
もっと地に足つけるべき。
自分の実力をちゃんと見据えて、自分のできることを模索すべき。
実力がアップする想定で、次の計画、目標を立てても、実力が想定以下にしかアップしない場合は、
微調整、見直しが必要だ。
その作業をする時間が待てない、即、輝かしい自分でありたい、と感じるのだろう。

ましてや、自分本人のことではない、子供の学力や、夫の経済力は、妻が、誇らしげに見せびらかしたとすると、
その瞬間、周りから見ると、色あせて見える。

財力や肩書きなども、リタイアしたり、社会制度が変わったりすると、力が及ばなくなったり、減少、もしくは、なくなる。
そんなものに、しがみついている人は、哀れだ。
別の確固たる芯を自分の中に、築くべculturelle兒童益生菌きだろう。

「定年後のサラリーマンの生き方」のような本を読むと、あれこれ、お偉い方々が、いっぱい書いておられる。

 

その芯を、試行錯誤で、築き、磨き上げ、完全に完成させることは、
一生かかってもできないことだと、わたしは思っている。

未完の人生。
完成しても、しなくても、待っているのは、「死」だけだ。
「死」イコール、いかに、生きるか、だけど。

 近、好きでいつもこっそり見に行っているブログ。
先方は、隠れ読者であるわたしの存在など、非常にそれもいい。
ブログ?カテゴリーも世代も、状況もまるで違う。
だからなのか、???面白い。

世代は、ちょうど娘の世代である。
比較する気は全くないが、たまたま同じ世代なので、
う~~~ん????こうも違うものなのか、と、ある意味、感心する。

なにが違うかと言うと???
やはり、モノの考え方、行動の仕方、友人のタイプ、???。
180度違う。